「打刻ファースト」をご覧になる方には、人事職や管理職の方が多くいらっしゃいます。そんな読者のみなさまは、おそらく出張のご経験をお持ちでしょう。さて、その移動時間は労働時間ですか?それともただの移動時間ですか?
出張における移動時間をどう考えるべきか、本記事で考察してみました。
目次
厚生労働省や裁判所の見解は、「労働時間ではない」
この問いに対して回答をするために、まずは先例を見てみましょう。
厚生労働省が示している次の通達が参考になります。
出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取り扱わなくても差し支えない。
(昭23.3.17 基発461、昭33.2.13 基発90)
移動中の特別な指示がない限りは、労働時間として認めなくて良いとされています。
裁判所も以下のように、判決等で厚生労働省の考え方を支持しています。
出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費す時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起り得ないと解するのが相当である。
(日本工業検査事件 昭46.1.26 横浜地裁川崎支部決定)
出張時の移動時間は労働拘束性が低く労働時間と考えることは困難であり、たとえそれが車中で自由な行動が一定程度制限されていたとしても、それは事業場内の休憩と同様のことであり、それをもって当該時間が労働時間という解釈は出来ない。
(横河電機事件 平6.9.27 東京地裁判決)
これらを根拠として、出張の移動が所定労働時間外や休日に及ぶ場合であっても、時間外手当や休日出勤手当を支払わないというのは合法と言えます。そしてこの扱い方が、我が国の多くの企業における旧来から現在に至るまでの実務運用となってきました。
また、社員が出張すると「日当」が支払われる会社もあると思います。ただ、「日当」はあくまでも出張中の実費弁償的な目的で支払われるものであり、時間外手当や休日出勤手当に相当するものではありません。
本当にそれで良いのか?IT時代の新たな問題点
あなたはこれで納得できますでしょうか?実際みなさまが出張される際には、スマートフォンやパソコンにてモバイルワークを行うことが珍しくないでしょう。
あるお客様からも、「出張先で会議があるので、前日の夜に移動して、移動中はノートパソコンでプレゼンテーションを仕上げていた」というお話をうかがったことがあります。これはいわゆる”業務”を行なっていることにならないのでしょうか?そして、もしそうだとした場合、その労働時間に対する報酬はどうなるのでしょうか?
移動の「環境」は昭和時代と平成29年現在では大きく異なる
出張中の移動時間が労働時間ではないことの根拠になっている判例や通達を見てみると、新しいものでも平成6年、多くは昭和時代に出されたものです。昭和の時代には携帯電話は一般に普及しておらず、ノートパソコンなどは影も形もありませんでした。
当時も、出張の移動時間に書類に目を通したり、上司と会話をしたりということはあったかもしれません。しかし、移動時間の多くは読書をしたり、同行者とビールで乾杯しながらゆっくりと車窓を楽しんだりしていたのではないかと思われます。
そのような時代背景があったからこそ、厚生労働省や裁判所は、「出張の移動時間は労働時間ではない」という判断を示していたのでしょう。
ところが、平成29年現在といえば、ビジネスパーソンのほとんどがスマートフォンを持ち、日本中のあらゆる場所でインターネットに接続できます。ノートパソコンを開けば、あらゆる場所がオフィスです。
新幹線の座席には電源が用意されていますし、航空機の中でもWi-Fiが使えるようになっています。移動時間に仕事をすることは全く無理なことではありません。
こういった現状を考えると、昭和時代の通達や判例を形式的に解釈して「移動時間は労働時間ではない」と決めつけてしまうのは適切であるとは言えません。時代に合った出張時の移動時間の労務管理をしていかなければ、会社にとっては労務リスクになってしまうと考えられます。
出張における移動時間の労務管理とは
それでは現実的に、出張における移動時間はどのように管理していけば良いのでしょうか。
もちろん、移動時間に仕事ができるような社会的インフラが整ったからといって、移動時間全てを仕事に充てているとは限りません。寝ている時間や私的な読書をしている時間もあるでしょう。移動時間の全てを労働時間としてカウントするという考え方は、逆の意味で乱暴な考え方になってしまいます。
私は、勤怠ソフトのアプリを活用するなどして、移動中の労働時間を記録していくのが現実的で妥当な管理方法であると考えています。
勤怠管理ソフトのIEYASUもおすすめしたいツールの一つです。デスクトップだけでなく、スマートフォンのアプリでもすぐに打刻が可能です。平日の時間外や休日に移動をする場合は、アプリで打刻をすることで移動時間の中の労働時間を記録することができます。
たとえば、出張先に向かうため新幹線に乗り、まずは駅弁で腹ごしらえをして、その後ノートパソコンで仕事をするというケースがあるでしょう。こんな場合ならば、駅弁を食べ終わった後に業務開始の打刻をし、仕事が終われば業務終了の打刻をします。終了の打刻をした後は、目的地に到着するまで仮眠をしたり車窓を眺めたり、自由に過ごすことでしょう。
このようにすれば、移動時間のうち打刻された時間のみを労働時間としてカウントできます。そしてもちろん、給与計算における残業代にも適切に反映させることができます。また会社側としても、不正打刻が行われないよう仕組み作りをしましょう。移動時間に行った業務内容を報告させたり、成果物を確認するなどのルール作りが堅実な方法でしょうか。
まとめ:自社にあった形の労務管理を
法的な話も交えましたが、やはり「実態に合った労務管理」を行うというのが、労使ともに納得ができ、お互いの信頼関係につながる考え方だと言えます。出張が多かったり、通勤時間などにスマートフォンを使ったモバイルワークが日常的に行われている会社では、移動中の労働時間をどのように管理し、またどう給与に反映させていくかを、自社に合った形で検討していきましょう。それが、これからの時代に求められてくるのではないでしょうか。