シフト制で働いてもらう従業員の雇用契約書を作成する際、労働日・労働時間欄の書き方に頭を悩ませる方も多いのではないでしょうか?固定シフトで契約できるなら問題ないのですが、労使双方が、特定の曜日・時間での就労を約束できないというケースも珍しくありません。このような場合、現場ではひとまず「シフトによる」と記入して対応しがちです。ところが、こうした曖昧な契約内容が引き金となり、後になって労働日や労働時間、勤務実態について労使トラブルに発展することがあります。
今回は、シルバーハート事件(東京地判令2・11・25)の判例を元に、「勤務日・時間等に関する合意の有無や内容」「シフト削減に係る、使用者によるシフト決定権の濫用の有無」について考えてみましょう。
シルバーハート事件(東京地判令2・11・25)の概要
本件は、介護事業及び放課後児童デイサービス事業を営むA社と、2014年年1月30日付けでA社に雇用され、シフト制で介護業務等に従事していた労働者との間の労使トラブルです。会社側は、労働者側が主張する「週3日・1日8時間・合計24時間、介護事業所に限定して労務を提供させる債務」等が存在しないことの確認を求めて労働者を提訴し(不存在確認請求)、一方で労働者側は双方で合意したシフトを不当に削減されたとして未払賃金を請求して会社側を反訴しました。
- 雇用契約書には、勤務日・時間に関し、「始業・終業時刻」の他「シフトによる。」との記載のみがあり、業務内容は空欄、就業場所は各事業所とされ主たる事業所の記載はなかった
- 入社以降、月9~16回の出勤ペースで複数の事業所にて介護業務に従事していましたが、2016年1月頃から児童デイサービスの勤務シフト(原則として午後半日勤務)に入るようになり、2016年2月以降、児童デイサービスでの勤務のみとなり、労働者側は不当配転と捉えていた
- 労働者は2016年10月頃より地域ユニオンに加入し、勤務シフト時間数、勤務場所、時給その他の労働条件について会社側との間で団体交渉を行っていた
- 2017年8月以降、大幅にシフトを削減されるようになり、1日も勤務できない月が出始めた
- 労働者側は、雇入れ時に労使間で、勤務時間を週3日、1日8時間、週24時間、勤務地、職種を介護事業所及び介護事業とする旨を合意していたと主張していたが、会社側は合意を否定
- 2017年10月30日の団体交渉において、労働者が児童デイサービスの半日勤務には応じない旨を表明
本件にはいくつか争点がありますが、ここでは「勤務日・時間等に関する合意の有無や内容」「シフト削減に係る、使用者によるシフト決定権の濫用の有無」について取り上げます。
契約内容は、実態に鑑みて総合的に判断
まずは、雇用契約書上「シフトによる」とされた勤務日・時間等について、労使間で何かしらの合意があったかどうかについてですが、判例ではこれが認められませんでした。判断材料としては、以下の要素が挙げられます。
不合理なシフト削減はシフト決定権限の濫用
一方で、裁判所は以下の見解から、シフト削減に関してはシフト決定権限の濫用にあたり違法であるという判断をしています。
「シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり、違法となり得ると解され、不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金について、民法536条2項に基づき、賃金を請求しうると解される。」
本件では「不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金」について、請求しうるものとしました。
まず「不合理」という部分についてですが、会社側はシフトを大幅に削減した理由を具体的に主張しておらず、その理由はおそらく労働者が地域ユニオンに加入し団体交渉をしたことと推測されます。労働者側の団体交渉権は、憲法上保障された権利であり、会社側はこれを行使した労働者を不当に扱うことはできません。
また、労働日・時間について明確な契約が成されなかった上で「不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金」をどう考えるかですが、この点については「シフトが削減され始めた2017年8月の直近3ヵ月(同年5月分~7月分)の賃金の平均額」を基準に、その差額が支払われることとされました。未払賃金の支払対象とされた期間は、シフトにほとんど入れなくなった2017年9月、10月とされています。11月以降については、労働者の介護施設での勤務状況に問題があり複数回注意を受けていたこと、一方で労働者が児童デイサービスの半日勤務には応じない旨を表明したことより結果的にいずれの事業場でもシフトに入ることができなくなったことに鑑み、必ずしもシフトの決定権限の濫用があるとはいえないと判断されました。
シフト制労働者の労働日・労働時間はできる限り明確に
現状、シフト制労働者の労働日・労働時間について、労働条件通知書や雇用契約書上「シフトによる」との記載に留めている現場はないでしょうか?このような記載では不十分であり、労使トラブルの火種となります。厚労省が公開する「シフト制労働者の雇用管理を適切に行うための留意事項」では、シフト制労働者に対する労働条件明示について、以下の留意点を示しています。
■「始業・終業時刻」
労働契約の締結時点で、すでに始業と終業の時刻が確定している日については、労働条件通知書などに単に「シフトによる」と記載するだけでは不足であり、労働日ごとの始業・終業時刻を明記するか、原則的な始業・終業時刻を記載した上で、労働契約の締結と同時に定める一定期間分のシフト表等を併せて労働者に交付する必要があります。
■「休日」
具体的な曜日等が確定していない場合でも、休日の設定にかかる基本的な考え方などを明記する必要があります。
また、週の所定労働日数や労働時間、業務内容といった契約事項については、雇入れ以前に労使双方合意できる内容を定め、労働条件通知書や雇用契約書に盛り込む必要があります。やむを得ず、「シフトによる」とする場合にも、基本的な考え方や原則的なパターンを記載しておかれることをお勧めします。シフト制労働者であれば、実際に働きだしてから当初の契約内容と労働実態との乖離が見受けられるケースもありますが、都度、労使間で協議・合意の上で、実態に即した形で改めて契約を締結します。
法律上、あらかじめ勤務日・勤務時間を具体的に特定しないシフト制等の柔軟な労働契約は許容されていますが、労務上のリスクマネジメントとして、労働日数・労働時間に関しては常に労使双方が共通の認識を持てるようなコミュニケーションを意識する必要があります。