早いもので2020年も終盤に差し掛かろうとしています。コロナで始まった2020年、未だなお収束の目途が立たず、さらなる感染拡大に歯止めがかからない状況です。雇用への影響が広がる中、年内までとされていた雇用調整助成金の特例措置は2021年2月末まで延長されることが11月27日厚生労働省から発表されました。これによって、休業を余儀なくされる会社の休業手当の支払負担は大きく軽減されます。とりあえずは一安心、しかし、助成金だけを頼りに赤字状態を続けるのはもう限界というのが実情だと思います。
2021年3月連結決算の最終利益が5,100億円の赤字予想を発表したANAホールディングスは、大幅なコスト削減策として、全社員の給与の引下げ、冬の賞与の無支給、採用中止や定年退職による自然減に加え、400人以上の社員をグループ外の企業に出向させると発表しました。出向先として挙げられているのは通信大手KDDI、家電量販店大手ノジマ、人材サービス大手パソナ、スーパー成城石井、三重県、佐賀県、沖縄県浦添市など多種多様です。テレワークや時差出勤、ジョブ型雇用等、新型コロナウィルスの影響で日本の「働き方」が激変している今、それに出向が加わってくるのでしょうか・・・?
今号は雇用調整助成金の特例措置が延長とはなった今、あえて、会社と社員の雇用を守るための休業や解雇ではない新たな方法として出向について考えてみたいと思います。
そもそも出向とは?
出向とは、出向元会社に在籍したまま、出向先会社にて労務に従事させる人事異動をいい、在籍出向などということもあります。その目的も多様で、子会社・関連会社への経営・技術指導、技術員の能力開発・キャリア形成、雇用調整、中高年齢者の処遇などに利用されています。出向は、働く環境が大きく変わることから、その命令が権利濫用であると認められる場合に無効になると法律に規定されています。ただし、出向に関する定義や制限についてまでは全く定められていません。
雇用調整助成金の対象となる出向とは?
出向の中でも『雇用調整』を目的とし、以下の要件に該当する場合、雇用調整助成金の支給対象になり得ます。
- 出向対象社員の同意を得ること。(同意書の提出が必要)
- 出向先における労働条件等を明確にすること。(労使間の協定書:出向協定書の提出が必要)
- 出向元⇔出向先において賃金負担を明確にすること。(出向契約書の提出が必要)
※ただし、出向元または出向先のいずれかが100%負担する場合は、本助成金の対象とならない。 - 出向先が雇用保険の適用事業所であること。
- 出向期間が1か月以上1年以内であり、その後は出向元に復帰すること。
※従来は3か月以上。特例措置にて1か月に緩和されている。 - 出向元と出向先が、資本的・経済的・組織的関連性等からみて、独立性が認められること。
※「資本金の50%を超えて出資している」「代表者が同一人物」等に該当すれば独立性が認められず対象とならない。 - 出向社員に出向前と概ね同額の賃金を支払うものとすること。
- 出向元⇔出向先において出向社員を交換、出向元において他の事業主から雇用調整助成金に関わる出向社員を受入、または、出向先において出向社員の受入にあたり前後6か月間内に自社の社員を解雇していないこと。
助成額は?
出向元に対し、以下のいずれか低い額に助成率をかけた額が助成されます。
イ 出向元の負担額 (下記例では6,000円)
ロ 出向前の通常賃金の1/2 (下記例では7,500円)
※ただし、8,370円×330/365×支給対象期の所定労働日数が上限。
※助成率は、中小企業2/3、大企業1/2。
例)中小企業で、出向時賃金日額15,000円(出向前も同額)、出向元負担4割の場合
1か月の所定労働日数が20日の月で全日出向させた場合、1か月あたり
4,000円×20日=80,000円 が雇用調整助成金の助成対象となり、
2,000円×20日=40,000円 を出向元が負担することとなります。
参考:厚生労働省「雇用調整助成金ガイドブック」
出向のメリットとは?
◇出向元のメリット
・雇用を維持しつつ、一時的に余った労働力を他社で活かすことができる。
・社員のモチベーション維持、キャリア形成に役立つ。
・出向社員に支払う賃金の一部について雇用調整助成金の助成が受けられる。
・解雇者を出さなくて済む(会社の士気や雇用調整助成金の助成率に影響)
◇出向社員のメリット
・籍が出向元に残っており、元の仕事に戻ることが前提であるため心理的負担や経済的な損失が少ない。⇔解雇や転職となれば一時的に失業状態となる。
・『休業』の長期化による就労意欲の低下、それによるメンタル不調への懸念から逃れることができる
・他社、他業種の仕事を経験でき、その後のキャリアに活かすことができる。
◇出向先のメリット
・一時的な労働力不足に対して即戦力の人材を活用できる
・社員への賃金は出向元と共に負担するため、新たな雇入れや派遣労働者の受入より人件費を安く抑えることができる。
・出向終了後、社員の希望、三者間の合意次第で、直接雇用できる可能性もある。
デメリット(懸念事項)もあります
・雇用調整助成金を申請する場合、出向先の選定、出向先との契約の取交し、計画届等の提出が必要で手間が大きくかかる。また、特例措置の間は助成率・助成額も少ない。
⇔「休業」「教育訓練」は、計画届は不要、助成率は100%・助成額は15,000円。
・出向元⇔出向先で取り決める事項が多く、契約書の作成等の手間を要し、相当の事務能力が求められる。
(賃金の支払方法、負担割合、社会保険や雇用保険料・懇親会・研修費など諸々の費用負担等)
※過去の記事でも説明されています。
・出向元⇔出向先の就労環境のレベルにギャップがある場合、出向社員への負担が大きくなる。
新しいカタチの『雇用の流動化』となるか
帝国データバンクの『人手不足に対する企業の動向調査(2020年10月)』によると、2020年、新型コロナウィルスの影響で経済活動が制約されたことで、近年増加していた人手不足企業数は大きく減ったものの、緊急事態宣言が発出された5月以降緩やかに増加しているとのことです。業種別では、オンライン需要の高まりによる影響がみられた「教育サービス」「電気通信」、また、非正規社員においては「家具類小売」「飲食料品小売」等。不安定な情勢が続く中で、今後も労働力が過剰な企業と不足する企業の2極化が進んでいきそうです。
現在は、売上がコロナショック以前に戻るまで雇用を調整する上で、『休業』を選択する会社が大多数です。しかし、まだ中小企業には超マイナー、ハードルも低くない『出向』を、今後の人材戦略の一つとして活用することもこの危機を乗り越えるために検討してはいかがでしょうか。
参考:帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2020年10月)」