会社を設立し成功させるには、優秀な人材を採用・教育し、モチベーションを高く保ち業績に結び付ける必要があります。また、会社と従業員との間の信頼関係を築き、従業員に安心して仕事に取り組んでもらうためにも、労務管理や働きやすい環境の整備は確実に行いたいもの。
本稿では、リソースが限られている立ち上げ期において、「そもそもどのようなイベントが発生するのか」「都度、どのような手続きを行わなければならないのか」を1枚にまとめた「スタートアップのための労務マップ」をご紹介いたします。
※スタートアップと一言で言ってもステージは様々ですが、ここでは会社の立ち上げ期、従業員数でいうと1〜10人程度の規模(シード〜アーリーステージ)を主として想定しています。
目次
リソースが限られるスタートアップ・立ち上げ期での労務の重要性
スタートアップにとっては、チームメンバー(従業員)の存在が非常に重要です。
人事労務関連の手続きを正しく行うことは、会社と従業員との間の信頼関係の前提となります。チーム一丸となってプロダクトを作っていく上で、決しておろそかにすることはできません。
会社を成長させていく過程で、新しく人を採用するというプロセスは必ず発生します。優秀なメンバーに入社してもらうためには、働きやすい環境の整備が大きな鍵を握ります。会社の成熟度が高まるにつれて、入社する側の意識も「スタートアップ」から「会社」へと変わっていくため、基本的な労務体制の遅れが入社後に認識のギャップをもたらす事態も十分に起こり得ます。
労務管理体制を整えることは、助成金の活用の前提ともなります。助成金を上手く活用すれば、採用や育成にかかる予算を増やすことにもつながります。
とはいえ、リソースが限られている立ち上げ期から、何もかも完璧を目指す必要はありません。まず大切なことは「手続きを知らなかった」を減らすことです。
スタートアップの全体像をイメージしましょう
労務が重要とは言っても、そもそもどのようなイベントが発生するのか、都度、どのような手続きを行わなければならないのか、全くイメージがつかない場合も多いと思われます。
そこで、少し規模が大きくなるまでの段階において、少しでもイメージがつきやすいようにスタートアップのための労務マップを用意しました。
手続きの詳細は割愛していますので、専門家に相談するきっかけを見逃さないように、という趣旨で活用していただければと思います。
スタートアップ時に社労士を活用するポイント
人事労務にかかる手続きにおいては、社労士(社会保険労務士)を上手く活用することも効率的です。具体的にどういった場面で依頼すれば良いのか、例としてポイントを4点ほど挙げてみます。
①労働保険・社会保険の手続き
会社を設立したら、社長1人であっても、社会保険に加入する義務があります。
また、従業員を1人でも雇用した段階から、労働保険への加入が義務付けられます。
社会保険は、日常生活に直結する健康保険や、定年後に受給する年金額に反映される厚生年金保険など、従業員にとって影響の大きいものです。一番イメージがしやすいのが、健康保険証の発行などでしょう。
労働保険は、業務中あるいは通勤中に起きた事故に対して保障が行われる労災保険や、休業・失業の際に給付が受けられる雇用保険など、同じく従業員にとって重要です。
それぞれ、年金事務所、労働基準監督署や公共職業安定所(ハローワーク)に必要書類を提出する必要がありますが、基本知識がない状態で手続きをもれなく正確に行うのは意外と大変です。
社労士に依頼することで、スムーズかつ正確に社会保険・労働保険の手続きを進めることができます。
②労働法の基礎知識
一人でも人を雇用する場合、労働基準法を守ることは事業主の義務です。
労働保険の届出に加えて、1日8時間、1週40時間を超える時間外労働が発生する場合には、通称「36協定」と呼ばれる労使協定を締結し、労働基準監督署に届け出なければなりません。
雇用契約を締結するにあたっては、労働契約の期間(期間の定めがあるかないか)や賃金の決め方、退職に関する事項などといった必要事項を労働者に対し、書面で通知する必要があります。
会社に就業規則がない場合には、雇用契約書の内容が、従業員との間において労働条件を定める唯一の取り決めとなります。従業員が会社をやめる際に、取り決めがないことでトラブルに発展したり、会社にとっては痛手を受ける結果となる場合もあります。
また、就業規則は、はじめて作成する際には、従業員の「意見を聞く」だけで良いですが、一度作成した後に、従業員にとって不利益となる変更を加える場合は、意見を聞くだけでは足りません。
従業員が10名以上になって作成義務が生じたから、インターネットで見つけたテンプレートをそのまま使って届け出る、というようなことは危険ですし、肝心な局面でほとんど意味をなさないこともあります。
スタートアップでは、固定残業代制(みなし残業代制)や裁量労働制での雇用契約を結んでいる例が多いですが、制度導入の要件を満たさないまま運用しているケースも非常に多いです。(運用の誤りは例えば、残業代の未払いにつながったりします。)
そのほかにも、従業員の方が仕事中に怪我や病気になったらどうすれば良いのか、産休や育休に入ることになったら何をすれば良いのか…など、知識をつけておくことは、従業員のためにも、会社を守るためにも、必須と言えるでしょう。
日頃から信頼して相談できる社労士などの専門家がいることで、こうしたことをあらかじめ想定し、対応しておくことができます。
③給与計算の正確性担保・手間の削減
割増賃金の計算や、給与から控除する項目など、正確な給与計算を行うには、手間と時間がかかります。従業員が毎月増えていくような拡大局面にある会社にとっては、尚更でしょう。
残業代の計算などを誤っており、未払い賃金が発生していると、退職後のトラブルにつながりかねません。未払い賃金の有無はIPOやM&Aの際の重要なチェック項目でもあります。(未払い賃金の消滅時効は、民法改正に伴い、5年(当面3年)に延長されました。)
労働時間や賃金の専門家である社労士にアウトソースすることで、会社の成長のために時間を割くことができ、後のトラブルを防ぐことにつながります。
④助成金の活用
従業員を雇用すると労働保険に加入することになり、労働保険料を納めます。この労働保険料などを原資として、厚生労働省が助成金を支給しています。
労働保険に加入しているのであれば、労働環境を整えた上で、助成金を正しく活用することが、会社にとっても従業員にとってもメリットがあります。
助成金は、労働者の雇用の安定や能力の開発などのために会社が行う施策に対して支給されるものです。融資とは違って返済不要であり、補助金とは違って審査・採択というプロセスはありません。その分、個々の助成金の支給要件を満たすことはもとより、会社に適切な労務管理体制が整っていることが大前提となります。
また、助成金には様々な種類があり、要件や募集時期もそれぞれ異なります。
日頃から労務管理のサポートとタイムリーな情報提供のできる社労士と連絡を取り合うことで、こうした助成金活用の余地を広げることができます。
スタートアップのための労務マップを活用し攻めと守りの労務体制構築を
スタートアップの人事労務においては、会社に「人」が増えることによって直面し得る局面をどれだけイメージできるか、が最も重要だと言えます。どのような文化を持つ組織を作りたいのか、というような攻めの視点と、適切に手続きが踏まれているか、というような守りの視点の両方から、適宜社労士などの専門家を活用しつつ、労務管理を行いましょう。
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