勤怠打刻ファースト

労働者が在宅勤務を希望!コロナ禍、企業が負うべき「安全配慮義務」はどこまで?

一時期と比較すれば徐々に落ち着きつつある新型コロナウイルス感染拡大ですが、依然として予断を許さない状況が続きます。コロナウイルスの脅威をどう捉えるかはまさに人それぞれで、現場では、従業員対応に労務管理上の難しさを感じる場面もまだまだ多いことでしょう。例えば労働者から在宅勤務を希望された時、会社としてどのように対応するでしょうか?
今号では、ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件(東京地判令和3年9月28日)を元に、「労働者の在宅勤務希望」と「企業に求められる安全配慮義務」の関係性を探ります。

新型コロナウイルスに係る安全配慮義務を考える上で求められる「具体的予見可能性」

まずは、ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件(東京地判令和3年9月28日)の概要を整理しておきましょう。

ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件(東京地判令和3年9月28日)の経緯

◎ 派遣労働者である原告が派遣元会社に対し、コロナ感染を懸念し在宅勤務での派遣就労が可能となるよう派遣先会社との調整を依頼していたにもかかわらず、原告を派遣先会社に出社させたり、在宅勤務を希望したことによって雇止めにしたりした一連の行為が不法行為にあたるとして、慰謝料の支払いを求めた事案

本件で、裁判所は原告の請求を棄却しています。もっとも、派遣元は派遣先に対して労働者の要望を伝えており、その結果、早い段階で出勤時刻の繰り下げ等の配慮がされています。また、雇い止めについてはそもそも原告と派遣元会社との間で一度も契約更新の実績がないこと、さらに更新を予定した条項が定められていなかったことから有効とされました。概要を見る限り、原告の請求が棄却されたことに何ら疑問は抱かれないでしょう。

安全配慮義務違反を判断する上で重視される「予見可能性」

本判例で特筆すべきは、新型コロナウイルス感染の予防措置として在宅勤務を求めるにあたっては「感染に係る具体的予見可能性が必要である」旨が示されたことです。裁判所の見解は、判例において以下の通り示されています。

「2020年3月初め頃は、新型コロナウイルスの流行が既に始まっており、原告のように通勤を通じて新型コロナウイルスに感染してしまうのではないかとの危惧を抱いていた者も少なからずいたことはうかがわれる。しかしながら、他方で、当時は、新型コロナウイルスに関する知見がいまだ十分に集まっておらず、通勤によって感染する可能性や、その危険性の程度は必ずしも明らかになっているとはいえなかった」

「被告や本件派遣先会社において、当時、原告が通勤によって新型コロナウイルスに感染することを具体的に予見できたと認めることはできないというべきであるから、派遣元会社が、労働契約に伴う健康配慮義務又は安全配慮義務(労働契約法5条)として、本件派遣先会社に対し、在宅勤務の必要性を訴え、原告を在宅勤務させるように求めるべき義務を負っていたと認めることはできない。」

「仮に、被告が本件派遣先会社に対し原告の在宅勤務の実現に向けて働きかけをしなかったという事情があったとしても、これをもって違法ということはできない。」

一方で、アスベスト・じん肺に関係する事案{住友ゴム工業事件(神戸地裁平成30年2月14日)}や化学薬品に係る事案{三星化学工業事件(福井地裁令和3年5月11日).}といった判例等、抽象的な危惧を抱ければ足りるとする判例も見受けられます。このあたり、予見可能性の程度(具体的な予見が必要なのか、それとも抽象的危惧で足るのか)を判断するためには、その物質について十分に研究が進み、その危険性に係る理解、疾患発症との具体的因果関係に対する一般的な認識が確立されているか否かが問題になってくるものと推測されます。

コロナ禍における企業の安全配慮義務への対応には、慎重な判断を

本件に鑑みれば、コロナ感染を懸念する労働者に対して在宅勤務を認めなかったからといって、ただちに企業側の安全配慮義務違反となることはないと思われます。しかしながら、2022年5月時点では、新型コロナウイルスの感染力や重症化リスクはすでに周知のとおりとなっていますので、会社として誠実な対応が求められることは言うまでもありません。もちろん、会社として対応できること・できないことはあろうかと思いますが、少なくとも、労働者の不安に寄り添い、ともに改善策の検討に取り組む姿勢を示すことが大切なのではないでしょうか。